オリンピックに向けて作られた競技場やプロスポーツチームの本拠地など、東京にもスポーツ×名建築は多い。名匠が手掛けた傑作から物語を宿すモニュメントまで、4つのテーマに分けて紹介。
Words_Tetsuya Sato
名勝負の舞台や聖地でなくとも、新たな価値を付与するスポーツ建築は存在する、例えば、アジア初開催となった東京オリンピック1964。60年経った今でもその名残は都内のあちこちに見て取れる。原宿にある五輪橋もその一つ。陸上や柔道といった“お家芸”のレリーフ、さらに日本を代表するグラフィックデザイナー・亀倉雄策のエンブレムが“遺産”としての東京五輪を記憶に留める。意外だが、代々木公園もまた64年大会との関係は深い。メインの選手村として使用されており、現在も選手宿舎の一部が当時のまま残されている。近年の近代的な宿舎とは隔世の感もあるが、オリンピックの商業性が色濃くなったのは1984年のロス大会以降であることを考えれば簡素な作りなのも理解できる。
東京2020オリンピックをきっかけに様変わりしたのが、旧有明体操競技場と馬事公苑だ。馬術競技の舞台となった馬事公苑は、7 年をかけて全面リニューアル。今では芝生広場やカフェなどを備え、地域住民の憩いの場として親しまれている。パラリンピックも含めて体操やトランポリン競技が行われた旧有明体操競技場は、五輪終了後に仮設の客席部分を撤去。大規模イベントなどが開催される国際展示場「有明GYMEX」として生まれ変わった。
新国立競技場のコンペに際し、環境への配慮が重要視されたように、現代において避けては通れないのが持続可能性だ。施設内の温水プールや冷暖房の熱源は、隣接する清掃工場のごみ焼却により作られた高温水を利用するBumB 東京スポーツ文化館。そして、外気を取り入れ、自然換気を促す構造を採用する大田区総合体育館は、その好例である。
“過去と未来”という視点を加味すれば、往年の名建築家が手掛けた岸記念体育会館と、2025年に竣工予定のトヨタアリーナ東京は、新旧を象徴するスポーツ建築といえよう。
そして、オリンピックが契機になったという意味では、首都高速道路は外せない。当初は、飽和状態の街路交通を改善する目的で計画されたが、東京大会の開催が決定すると、国家の威信をかけて急ピッチで工事が進められた。次ページでは、そんな首都高の成り立ちを振り返る。
LEGACY
五輪橋
竣工:1964年 設計者:非公表
競技場などが点在する代々木エリアと明治公園エリアを結ぶ道路整備の際に、山手線の線路をオーバーパスするために架橋された五輪橋。1993 年にリニューアルされ、親柱に鎮座する地球儀は、東京大会のスローガン“ 世界は一つ” を表現したもの。欄干にあしらった競技のレリーフに加え、東京大会のポスターを手掛けた名匠・亀倉雄策デザインのエンブレムが飾られている。
代々木公園
竣工:1946年(ワシントン・ハウス設立時) 設計者:非公表
現在は、周辺住民の憩いの場である代々木公園だが、1964 年まで1 万人近い米軍兵士とその家族が暮らす住宅「ワシントン・ハイツ」が存在。東京1964大会では、その跡地に選手村の代々木本村を設けた(分村は相模湖や軽井沢などに設置)。写真のオリンピック記念宿舎は、オランダ選手の宿舎だったもので、外壁を塗り直した以外は、ほぼ当時のまま園内に現存する。
REBORN
馬事公苑
竣工:2023年(リニューアル時) 設計者:高木賢治(山下設計)
東京五輪で馬術競技が行われた馬事公苑は、2023 年11 月にリニューアル。3階建てのメインオフィスには、馬術の歴史を学べるギャラリーや乗馬を疑似体験できるホースシミュレーターを設置。馬の動線を広く確保した作りや苑内のいたるところにベンチ、水飲み場を設置するなど、ユニバーサルデザインが通底する。蟻継ぎ加工の板材を使ったツリーハウスなど建築的な見所も多い。
有明体操競技場
竣工:2019年 設計者:清水建設(実施設計)、斎藤公男(技術指導)
東京2020 オリンピック終了後に、国際展示場として生まれ変わった有明体操競技場。外装や屋根架構などに木材を多用したデザインは、かつて貯木場であったこの場所の記憶を顕在化したもの。天井に採用された木造の架構形式は、建物全体の軽量化を目的とした意匠だが、機能美に帰結する。木材が有する遮音性や断熱性を活かすなど、木造建築に熟知した日本の職人技術が光る。
SUSTAINABILITY
大田区総合体育館
竣工:2012年 設計者:石本建築事務所
全高を低く抑えるためアリーナを地下に配置。狭い敷地に合わせて有機的なラインを描く外構も含めて、住宅が密集する周辺環境に圧迫感のない建築を実現した。外周面に配した「V」の字の柱や屋上の緑地といった開放感のある作りも街並みとの調和に寄与する。固定席の他に移動可能な観覧席を設置することで、プロリーグから市民レベルの試合までフレキシブルに対応可能。
BumB 東京スポーツ文化館
竣工:1976年 設計者:坂倉建築研究所
各種スポーツ施設に加え、音楽スタジオ等の文化・学習施設、さらに宿泊機能まで備えた複合型施設。半円形の室内プールおよび屋内運動場の屋根には、塩害の影響を考慮し、耐候性高張力銅板を採用。ヴォールト屋根の外観が隣接する焼却炉と切り離され、景観との一体感を創出した。重厚な外構に対し、両端のガラスウォールが開放感を担保する。
PAST & FUTURE
岸記念体育会館
竣工:1964年 設計者:松田平田建築設計事務所
日本体育協会(現JSPO[ 日本スポーツ協会])や各競技団体の本部が集まった岸記念体育会館。写真は、1964 年に移転した二代目の建物で、日本銀行本店やニュー新橋ビル等を手掛けた松田平田建築設計事務所が設計を担当。工場で製作したコンクリート部材を現場で組み立てるプレキャスト工法のカーテンウォールの外観が目を引く。2019 年に施設の機能を移転し、翌年解体された。
トヨタアリーナ東京
竣工:2025年6月予定 設計者:鹿島建設
お台場「パレットタウン」跡地に開業予定の「トヨタアリーナ東京」。男子プロバスケットボールB.LEAGUE B1 所属「アルバルク東京」のホームアリーナとなる本施設は、楕円形のアリーナやドレープ状のファサードが特徴。飲食を楽しめる各種ラウンジや、臨場感溢れる観戦が可能なテラス付きスイートルーム等が充実。トヨタ独自の“ 未来的モビリティサービス” も計画されている。