伊豆半島エリア / 1

2本の川が合流する狩野川のほとりに位置し、水流が“落ち合うこと”からその名が付けられた「おちあいろう」。数多の文豪が身を寄せた歴史的価値を有する老舗温泉宿は、かつての趣を残しながら、過去と現在が交差する場所として、150余年の歴史を未来へとつなぐ。

Photography_Kunihisa Kobayashi Words_Tetsuya Sato 

 

 

 

 

文豪の創造性を掻き立てた
登録有形文化財の建築美

 

 

 伊豆半島のほぼ中央部、湯ヶ島温泉にある「おちあいろう」は、明治7年創業。木造建築の9割超が国の有形文化財に登録される由緒ある湯宿だ。2019年のリニューアルで水回りを改装し、斬新なサウナを新設するなど、伝統的な美しさはそのままに、より過ごしやすい空間へと進化した。

 150余年の歴史を誇る同宿だが、現存する建物の殆どが昭和初期に行われた大規模改装の際に作られたもの。金山の発掘で財を成した創業家2代目の足立顕治氏が、昭和の大恐慌で凋落した地元経済の再生と雇用創出を目的に、私財を投じて全面改修を敢行。約4年をかけて完成した宿は、伊豆中の宮大工が腕を競った意匠や現代では再現不可能と言われる設えが、当時の面影をいまに伝える。

 本館の客室は全16室で、すべての間取りや装飾が異なる。リニューアルを機に一棟貸しの別邸「石楠花(しゃくなげ)」もオープンした。総支配人を務める魚留聡さんは「ただ、90年間残っているのではなく、常に更新し続けること、新しく挑戦することが大切だと考えています」と語る。その言葉通り、茶室を模したサウナは“いま行くべき革新的なサウナ施設”を評価する「サウナシュラン」に選出されるなど、新たな顧客を呼び寄せるきっかけとなった。

 

 

 

 

 一方で、かつて島崎藤村や川端康成、北原白秋といった名だたる文豪が愛した古き良き風情も健在。どの部屋からも手入れの行き届いた庭園が望める客室には、精緻な組子細工や欄間の装飾といった和の意匠に、卓越した技巧が見て取れる。「(文人たちも)自然を眺めて心を鎮めたり、感性を磨いたのかもしれませんね」(魚留さん)。確かに、耳をすませば、小鳥のさえずりや川のせせらぎがこだまする極上のリトリート体験は、疲れた心と身体を癒してくれるだろう。

 また、1日2回ガイドと共に館内を巡る「文化財ツアー」を実施。魚留さんも「掛け軸や絵画といった美術品も含めて、当時に想いを馳せ、想像力が膨らむように、その意図や意味を伝えられたら」と言うように、伝統や職人技術に触れ、見識を深められるとあって、好評を博す。先人が培ってきた歴史の堆積が、変わり続ける老舗の根幹を下支えしているのだ。

 現在、川の対岸に緑の散歩道を造成するなど、次なる計画が進行中。おもてなしの心を体現する新たな試みは多方に窺える。過去に学び、100年先を見据える。その進化の道程に立ち会いたい。

 

 

 

 見どころ

 

日本らしい美意識が宿る
名工の意匠と遊び心

 

 

開業当時の帳簿。
暖炉を備えたラウンジにはフリードリンクが充実。
川の対岸に渡れる吊り橋も当時のまま。
精緻な組子細工。
歪みガラスの奥には、桜や桃の木など、季節ごとに表情を変える庭園が。
108 畳の広さを誇る「紫檀の間」。中央に柱が1 本もない構造は、現代の職人誰もが見惚れると言う。
娯楽室にあるレトロなゲーム筐体には最新ゲームが内蔵されている。

 

 

  4000 坪の広大な敷地に、離れの別邸と本館16 室のみという贅沢なつくり。昭和初期の改装時には、当代きっての名工が腕を競い合っただけに、麻の葉や蜘蛛など、図柄がすべて異なる書院欄間の組子細工や、屋久杉の鶉杢目(うずらもくめ)を活かした天井など、細部に高度な職人技と「和」の美意識が宿る。かつて宴会場だった「紫檀(したん)の間」には、樹齢2000 年超の紫檀の巨木をわざわざ外国から船で運び入れたというから、莫大な建築費が費やされたことは推して知るべしである。オールインクルーシブを採用し、贅の限りを尽くした空間だが、欧米的なラグジュアリーとは一線を画す、静謐で均整の取れた佇まいは気高さすら漂う。

 

 

 

 見どころ

 

豊かな時間を醸成する一棟貸しの別邸

 

 

別邸「石楠花」のリビングルーム。床暖房入りで、寒い季節でも快適に過ごせる。
広々としたパウダールームは、洗面台を2つ配置、女性客への心遣いが嬉しい。
2階にあるベッドルーム。3面から降り注ぐ柔らかな朝の陽が、心地よい目覚めを促す。
「石楠花」の宿泊客専用の露天風呂。もちろん、本館のお風呂やサウナも自由に使うことができる。
「石楠花」専用のサウナ。すぐ傍には、川の水を引いた水風呂に加え、緑に囲まれたウッドデッキとリクライニングチェアを設置。

 

 

  一棟貸しの別邸「石楠花」は、元々、創業家が住んでいた邸宅をリノベーションしたもの。数寄屋造りの伝統的な日本家屋かと思いきや、窓に配した繊細なステンドグラスやダイス柄のフロアなど、趣味人として知られた足立顕治氏のモダンな感性が随所に窺える。水回りの改装に加え、キッチンを増設するなど、別荘のように過ごせる使い勝手も申し分ない。棟内には、専用の露天風呂、内風呂、サウナを備え、外気浴用の広いウッドデッキを併設。本館と庭で隔てられているので、他の宿泊客の目を気にすることなく、川のせせらぎをBGM に極上のインナートリップへといざなってくれる。ベッドルームが3 つあるので、友達家族や3 世代の家族旅行にも最適。

 

 

 

 見どころ

 

趣向を凝らしたサウナと良泉質な“美肌の湯”

 

 

宿泊費に食事代やドリンク代などが、すべて含まれる「オールインクルーシブ」を採用。脱衣所側には、地元産のミネラルウォーターや生ビールに加え、100 年以上続く伊豆の乳業メーカー「大木乳業」のプレミアム特濃ミルクやコーヒーミルクなどを用意。こうした繊細な心遣いは老舗旅館ならでは。
火山から流れ出た溶岩によって地層が形成されたこの地に倣った洞窟風呂。溶岩風のゴツゴツした岩肌は、90 年前に作られたものがそのまま残っている。
ヒノキの香りが心地よい「月の湯」の内風呂。しっとり感が持続する泉質は、“美肌の湯”の名に偽りなし。
飛石のようなアプローチを渡って入る「茶室サウナ」。茶室の下を流れる池が川の水を引いた水風呂になっていたり、茶釜にお湯を注ぐイメージで嗜むロウリュなど、エンターテイメント性溢れる仕掛けが楽しい。また、温泉成分のロウリュを体験できる「天狗の湯」併設の「洞窟サウナ」も人気。「おちあいろう」のサウナは、“ ととのえ親方” こと松尾大氏がプロデュースを手掛けており、「サウナシュラン 2019」に選出されるなど、愛好家からの評価も高い。
テレビドラマ化もされたタナカカツキ氏の人気コミックエッセイ『サ道』によるマナー掲示板。

 

 

  3 つの源泉から毎分155ℓの温泉が湧出する、源泉掛け流しのお風呂は「おちあいろう」最大の魅力。敷地内には、貸切露天風呂「星の湯」と露天および洞窟風呂を備えた「天狗の湯」、内風呂「月の湯」が揃う。泉質は硫酸塩泉で、その高い保湿効果から“美肌の湯”として知られている。借景が美しい「天狗サウナ」やユニークな「茶室サウナ」に加え、屋外の川縁にはテントサウナを用意。浴場やサウナは、時間で区切った男女入れ替え制となっているので、1 泊で全種類を楽しむことができる。それぞれの脱衣所には、豊富なフリードリンクを用意するなど、まさに至れり尽くせり。野鳥の声に誘われて自然と一体化するような入浴体験は、まさに至福のひと時と言えよう。

 

 

 

 見どころ

 

海、山、川。食材の宝庫「伊豆」を堪能する

 

 

オープンキッチンで働くスタッフの活気あふれる様子に思わず期待も高まる。
夕食は会席のコース仕立て。写真は過去の夏メニューから「天城軍鶏と修善寺黑米餅の小鍋」。軍鶏の上質な油が溶け出した旬の野菜と米餅は旨みたっぷり。
倉庫に眠っていた器に漆を塗って仕上げたオブジェ。クラフトの再解釈に暖かみとコンテンポラリーなムードが共存する。
「雲丹と生姜ゼリー」(過去の秋メニューより)は、地元産雲丹の濃厚な味わいと角の取れた生姜ジュレが渾然一体となった一皿。
「若鮎塩焼き」(過去の夏メニューより)。川魚の鮎やアマゴも伊豆名物のひとつ。焼き目の香ばしさと鮎特有のほろ苦さをスダチの風味が爽やかに引き立てる。

 

 

  四季折々の旬味を心ゆくまで堪能できる夕食も醍醐味のひとつ。料理長の星竜輝さんは「伊豆は相模湾と駿河湾という2 つの大きな漁場に恵まれており、金目鯛やサザエ、アワビなど、採れる魚種も豊富です。また、鮎やアマゴといった川魚や三島野菜、フルーツ、天城軍鶏といった地のもの、季節のものを活かした料理を味わってほしいですね。伊豆天城産の生わさびを使ったわさびごはんもおすすめですよ」と太鼓判を押す。宿泊代にドリンク代などがすべて含まれる「オールインクルーシブ」を採用しており、伊豆産のナチュールや地酒の飲み比べなど、料理に合わせたペアリングも楽しめる。また、滋味深い味わいがほっとする朝食も見逃せない。

 

 

 

 

 再生可能エネルギーを利用したEV充電器

 

24 時間利用できるポルシェデスティネーションチャージングステーション2台(他メーカー車も利用可能)とテスラコネクター1 台を配備。宿泊者のみ利用可能で予約制となっている。なお、供給電力はすぐ側を流れる河川に「おちあいろう」が設置した水力発電機を利用しており、旅館の電力もすべてクリーンエネルギーで賄われている。

 

 

おちあいろう

 

静岡県伊豆市湯ヶ島1887 − 1
☎ 0558-85-0014

P 約20台 EV充電器 あり

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